Ethiopia #4 エチオピアNo.4

エチオピア民族の旅で最も人気なのが皆さんご存知のお皿を下唇にはめたムルシ族。

彼らの村は私が宿泊していた村から比較的近くにあったので、滞在日を後半にしていました。

私が滞在しているのは5月ですのでエチオピアではまだ小雨季の終わりということもあり小雨が降る日もありました。

DSC_9007

ムルシ族に会いに行くには条件があります。国から指定されたガイド(ライフルを所持している)を同行させることです。あと、必ず午前中に村を訪れることです。というのもムルシ族の男性は昼から酒を飲み始めて非常に気性が荒くなる為に、過去何度かトラブルがあった為とのことです。

 

DSC_8982

村に入る前にライフルを所持したガイドが溜まってますのでここで一人ゲット。小雨の中、木陰にいたのでまるで忍者の様でした。

 

DSC_8949

そして、ムルシ族の村に到着。藁で作られた簡素な家です。中で調理中らしく屋根から煙が立ち込めてます。残念ながら雨でも犬は家には入れてもらえてません。

家のサイズは非常に小さく、入り口の外からでも中で寝ている人の足が丸見えな状態です。

 

DSC_8953

私が村をウロチョロしてると木陰からムルシの女性が「ニョー」っと現れてびっくり。

でも快く写真に応じてくれました。すると次から次に「何だ、何だ!」てな具合に家から出てきました。

頭飾りは恐らく、来客時のサービスの様(写真映えするから)ですが唇の習慣は本物です。

 

 

 

 

DSC_8966 2

とりわけこの女性の体の文様は目を見張るものがありました。血豆を作る要領で模様を記して行くそうです。想像を絶します。

多くの方がご存知の様にこの唇の習慣には悲しい過去があります。そのせいあってかムルシ族の村ではあまり多くの笑顔には出会えませんでした。単純に朝早く行きすぎて子供達が起きていなかっただけかもしれません。

 

DSC_8989

帰りの車内からの景色。

Ethiopia #3 エチオピア No.3

民族巡りの拠点の街、トゥルミでしばし休息をしてから僕が次に目指したのはオモラテ。オモラテはケニアとの国境近くにある最も貧しい民族集落の一つだそうです。実際にここまで訪れる旅行者はまれだそうです。

私のエチオピアNo.1の地図を見て頂いたらわかると思いますが、地図上の民族巡りでも端っこにあります。

意外にもオモラテまでの道は非常に綺麗です。聞くところによるとケニアからの荷物を乗せたトラックが走るので整備されているとのこと。実際に私がオモラテを目指して走っている間、すれ違う車両はほぼトラックでした。

ただし、ケニアからの荷物には違法なものも多くある為、検問もあります。ここは必ずパスポートをチェックされますのでお忘れなく。

 

DSC_8848

2時間ほど綺麗な舗装道路を走ったのちにオモラテに到着です。ここがオモラテ族の集落です。

 

DSC_8841

ここでもやはり子供達が最初に出迎えてくれました。

 

DSC_8837

DSC_8838

聞くところによると、オモラテ族はエチオピアの中でも金銭的には特に貧しいとのことです。でも子供達の表情からはそんな事実は一切読み取れません。多分、精神的に豊かな民族何でしょう。

 

DSC_8819

素敵な髪飾りをした男性。皆、快く写真を撮らせてくれます。顔が険しいのは日差しが眩しいせいです。しかしこの男性のシャツ、、気になります。ドネード・トラップ?

 

DSC_8833

家の作りは非常に簡素です。木の骨組みに動物の皮を被せて、その上からトタンを被せただけです。数年前まではトタンもなく、レザーの家だったらしいのですが、雨季になるとレザーが乾かないのでトタンを被せるようになったとのことです。

 

DSC_8804

民族の女性は綺麗な方が多いですね。まさにナチュラルビューティーです。

 

DSC_8810

この村は他の民族の村と違い昼間にも関わらず多くの男性が村に居ました。

多くの男性は先ほどのおじさん同様にオシャレな髪型をしてます。

 

DSC_8817

先ほどのおじさんが再度登場したのでサイドショットです。凄く手の込んだ髪型ですよね。

 

DSC_8796

その横で散髪中の男の子。

 

DSC_8859 (1)

こちらがエチオピアの主食、インジェラの元になるテフとの事です。トウモロコシに似てますね。集落の近くで作られてました。

 

DSC_8880

村を見せて頂いた後は、船で反対側まで送り届けて頂きました。ちなみに村の皆さんはこの川の水を直接飲んでらっしゃいました。僕にも勧めて頂きましたが丁重にお断りさせて頂きました。

 

DSC_8897

しかし、細い船でした。

オモラテ族は非常に穏やかで素敵な民族でした。他の民族の様に煌びやかな装飾などはしておりませんがその分観光客も少なく、リアル・エチオピアを見せて頂けた気がします。

Ethiopia #2 エチオピアNo.2

次に私達が目指したのがカラ族の村、名前はゴルチョ村です。

We started to heading to Gorcho village after Trumi village.

Gorcho village is the place where Kara tribe live. They are known as beautiful costume and making up.

DSC_8599

DSC_8716

 

村に向かっている最中に所々にあった蟻塚。巨大なものだと10m位の高さになります。シロアリの巣です。

Huge nest of ants. Big one have 10m hight.

 

 

 

毎度お馴染みの道無き道を進んだ後、村に到着したと同時に大量のヤギがお出迎えです。

We have drove rough road as always. Many goats are welcoming us.

DSC_8711

 

小高い丘の上にあるこの村を見渡せる断崖絶壁に立っている青年。彼以外の成年男性は皆、家畜の餌やりに出かけていて村にはいませんでした。

He was the only adult man in this village at the time when we visited. All guys gone for feeding animals. This guy was standing on top of the hill with a gun.

DSC_8707

 

どこの村を訪れてもまずにお出迎えに来てくれるのは子供達です。

全身のこの化粧、そして自信に溢れるこの表情、都会の子供達にはなかなか見られない威風堂々とした出立ですよね。

Always kinds welcome me wherever I visit in Ethiopia.

DSC_8630

 

女の子達は皆、首飾りと花飾りでメイクアップしてます。化粧のスタイルが男の子と違って柔らかいですね。顎の花は口の下に開いた穴に刺しています。

Girls were make up with flowers and necklaces.

DSC_8681

 

そして、いよいよ真打ちマダム達の登場です。

やはり迫力が違います。赤ちゃんが母乳を飲んでるのにこの鋭い目つき、恐れ入ります。

Adult Ladies of dignity. Please look at their majestic presence.

DSC_8627

 

こちらはお年頃の女性陣。やはり万国共通でファッションも化粧も抜かりありません。

Teen girls are same as other countries. They love fashion!

DSC_8672

 

左の女性の衣装の下を良く見て見るとプルタブを毛皮の淵にあしらっています。揺れると「シャン、シャン!」と軽快なリズムを奏でていました。

One of the girl costume have many pull-tubs at the bottom. It made nice sound when she start walking.

DSC_8673

 

首に付けているネックレスの量。ネックレスが今彼女達のブームなのかもしれません。

彼女達の衣装に使われている貝殻は隣国ケニアから運ばれてきた物だそうです。この村は山奥ですので当然海は近くにありません。

They are using imported shells for their costumes. Shell are from Kenya.

DSC_8674

 

飾りを作っている最中の子もいました。カミソリを使って丁寧に形を整えていました。

I saw one lady was carefully making her jewelry with razor. All jewelry are hand made in here. What a lovely hobby!

DSC_8664

一通り村の方々に写真撮影に協力してもらった後、村の中を散歩させてもらいました。

多くの家は茅葺き屋根の簡素な形でガス、水道、電気は当然ありません。村のサイズも非常に小さくてこの日、この村を訪れた来客は私達だけのとことでした。観光化されていない数少ない貴重な土着民族の生活環境に触れさせてもらえました。

This village haven’t modernized yet. There is no gas, electric & water. Ethiopia have many this kind of “wild” people and villages. To me they looks happy with it and having less stress then people who live in city.  They don’t need to think abut payment, tax, cell-phone & company.

DSC_8698

 

カラ族、エチオピアの山奥でひっそりと生活している素敵な方々でした。

Beautiful tribe “Kara”.

DSC_8619

 

 

Ethiopia #1 エチオピア No.1

DSC_8311灼熱の街、カイロを後にした私は飛行機でエチオピアの首都アディスアベべからそのまま乗り継ぎ、エチオピアの南部にある目的の街、アルバミンチへと飛びました。ここエチオピアは今回の旅のハイライトである先住民族の村巡りが目的です。南スーダンとの国境の近くの南部エチオピアには未だ多くの民族がモダンな生活とは距離を保った昔ながらの生活を送ってます。

I left dry & hot city Cairo. Next country is Ethiopia which is one of my highlight in this travel. I always wanted to see local tribal people when I got new place. Ethiopia is one of the place which have many rich and unique local tribes. I usually would love to stay in smaller city than bigger so I didn’t stop at Addis ababa. I have flew to Arba minch.

Arba minch is mid size city in Ethiopia which located South West Ethiopia. There is big river call “Omo river” and most of local tribes have villages in this area.

アルバミンチに着いてすぐに地元の子供達から熱烈な歓迎を受けました。

African kids are always full of energy.

DSC_8316アルバミンチを拠点に少数民族の村へのツアーのスケジュールを組む事にしました。

街に入ってすぐにガイドが話しかけて来ましたのでこちらから探す手間もいりません。何人かのガイドと話して、ちゃんとした英語が話せる紳士的なガイドに決めました。彼と綿密に打ち合わせをして5泊6日の車でのツアースケジュールを組みました。

スケジュールを組んだ夜に突然ガイドが僕のホテルにやって来て「明日、ダサネチ族の成人の儀式がある事がわかったからスケジュールを変えよう!」との事で急遽、ツアーのコースを変更しました。これは棚ぼたです!

翌朝、6時にホテル前に待ち合わせしてドライバーとガイドと僕の三人でツアー開始です。

目指すはダサネチ族の村。

I decided to make own tribe villages tour myself starting from Arba minch. There is many guides asked me to sell tours so it was pretty easy to find private guide and driver.

I found a guy his name is Sise. He was cool guy so I started to build own tours schedule with him. He has family members who are still living in local village which made my travel very easy because strong relationship was very important to visit local villages.

We made 5days 6nights tour plan. Below my travel note.

Numbers on the map are how many hours it take by a car(4×4).

Plan: Arba minch → Turmi → Gorch → Turmi → Omorate → Turmi → Jinka → Konso → Arba minch

unnamed

DSC_8347

 

何はともあれまずは飯。という事でラムの炭火焼(シェケラ・ティブス)を朝から頬張る。熱々にラムにマスタードソースをつけて食べるシンプルだけど美味い料理です。

写真はずっと運転してくれたドライバーのおっちゃんです。

Shekra Tibs is one of my favorite Ethiopian food. Simple lamb BBQ on sliced onions comes with mustard souse.

 

 

腹もいっぱいになった所でどんどん進む。道は所々荒れてはいるけど良いペースで進みました。5月は雨季の最後という事でたまに小雨がチラつく事もありました。

We got small rain sometimes. May is the end of rainy season. This rain crate nice cold wind when we are driving to village.

DSC_8335

 

村に着いた時には川沿いの広場にダサネチ族が集まって来ていました。

Many Daasanech people are in the place next river.

DSC_8395

 

民族衣装が個性的で美しいです。

Beautiful costumes.

DSC_8453

 

その後、女性達が集まって歌いながらグルグルと回り始めました。

Daasanech ladies start dancing and singing.

DSC_8543

 

男性は別の場所で化粧を始めてます。

Guys are making up.

DSC_8475

 

鮮やかな民族衣装とジュエリーで身を包んだ彼らが広場に集まり始めたので木陰から儀式の様子を観察していると突然「ピシッ!」という何かを叩く音が聞こえて来ました。

Suddenly Daasanech man started to whip ladies.

DSC_8497

 

なんと、そこでは男性が木の鞭で女性の背中を叩いている光景が、、。

Daasanech ladies had whips and their back was Bleeding.

DSC_8483

 

様子を見ると、女性がラッパを吹きながら自分の好みの男性を捕まえて、その男性に自ら鞭を渡して「叩いてー!」と言ってました。なんとも不思議な習慣です。中には参加せずに見ているだけの女性もいました。

It was very wired ritual for me because ladies are trying to get the man and ask man to whip them.  All ladies are looks happy and satisfied.

DSC_8440

 

一通り鞭打ちの儀式が終わったら広場を移してそこに牛が集められていました。今回のメイン、牛飛びの儀式です。儀式には色々なプロセスがあるらしく、男性陣、女性陣がそれぞれに集まっています。

Daasanech mans started to gathering cows in the middle of place after “whipping ritual”.

This is a part of preparing of “Bull jumping ritual”.

DSC_8578

 

今回の成人の儀式の主役(モヒカンの彼)です。彼はこの後、全裸で牛を飛び越えないといけませんのでかなりナーバスになっていました。

This mohawk hair guy is the principal of Bull jumping. He was very nervous.

DSC_8512

 

主役の彼の回りを他の男性が囲って儀式のメインイベントに備えています。

Yes, he was naked. His friends were standing around him.

DSC_8528

 

主役の彼のお父さんは少し離れた所から緊張した面持ちで儀式を見守っていました。

His dad also very nervous.

DSC_8457

 

暫くして広場の牛が一列に並べ始められました。

It’s time to start main event. Daasanech guys start holding cows to make “cow bridge”.

DSC_8556

 

 

すると、ついに彼が動きました。

Start!

DSC_8559

 

見事なジャンプです。10頭ほどの並べられた牛の上を全裸でピョンピョン飛び越え始めました。無事に3往復ほどのジャンプを成功させて牛も彼も満足気です。

It was fast. He jumped over cows several times without mistake.

DSC_8533

 

最後は全員で彼の成功を祝いながら広場を行進していました。

All Daasanech people are started blessing him after his jump. The place was filled with excitement.

DSC_8582

 

いやー、すごい熱気のまま儀式は終わりました。

DSC_8473

 

儀式が終わって幾分リラックスした彼と一枚。

Bull jump man, me and his friend.

DSC_8590

エチオピアの民族の旅は初日から良い感じでスタートしました。

Egypt エジプト

DSC_82235/8/2018 旅に出発。2ヶ月間のバケーションをとった僕が今回の旅先に選んだのはアフリカ大陸でした。

人類のルーツ、そして僕の中でパックパッキングの聖地と位置づけていた場所です。と言う事でサンフランシスコからイタリア経由でエジプトのカイロから今回の旅はスタートしました。

14時間のフライトの後、空港でパスポートにカッコいいエジプトのビザステッカーを貼ってもらってイザ入国です。

最初の感想は「暑い」。

その日の気温は37度、日中はほとんどの店が閉まっている様子です。早速、予約しておいたホステルにチェックインを済ませて近所を散歩して見るも、殆どの店はシャッターが降りてマス。埃の舞う閑散とした街が僕を迎えてくれました。

仕方がないのでホステルに戻りホステルに戻り日が暮れるのを待ち、改めて外出。すると待ちは賑やかになり始めてました。

DSC_8262昼には閉まっていたイスラムの女性用衣装店も開いてます。

この砂漠の街カイロはモロッコの街と同じく日が暮れてから街が目覚めます。そこで早速晩御飯の物色に向かいました。

DSC_8265ターメリックライスの上にチキンを乗せたエジプト料理。味付けもサッパリしてて美味しい。そして安い。これで$2以下でした。

DSC_8270

何故なのか分かりませんがレストランの兄ちゃんが「写真を撮ってくれ」と言って突然、道ばたの車止めに登ったので一応載せておきます。この写真を見れていることを願います。

 

 

 

 

 

お腹いっぱいになって、次はシーシャ屋へと向かいました。僕は家でも毎晩のようにシーシャを吸うのでアラビックの国に来たらやっぱり飯の後に一服です。

DSC_8287手慣れた手つきで火をつけて一服目から美味い煙が出るように調整してくれます。

ゆっくりと煙とティーを楽しんでから今回の旅の門出を祝いました。

翌日はエジプトのど定番、ピラミッドに向かいました(写真はトップ)。これまた暑いの一言ですがこればっかしは自分の目で見ておきたかったので仕方ありません。この日、宿で出会った日本人の旅人が南のアスワンまで行ったとの事だったので感想を聞いたら「47度でした。」の一言でした。

夏のエジプトはやはり安全に旅ができる気温ではなさそうなのでこの日にエジプトの滞在は後数日のみと決めてカイロでゆっくりすることにしました。

翌日はナイル川をお散歩。

DSC_8193その後、有名観光地のイスラーム地区へ、

DSC_8252やはり、モロッコのマラケシュやフェズに似ています。でも聞いていた以上に客引きはしつこくなかったです。特に買い物もせずただブーラブラと。

DSC_8182髪の長いアジア人の男性は旅先でたまに珍しがられて子供たちが寄って来ます。どの国でも子供は無邪気で可愛いですね。

エジプトはご存知の通りイスラム教が多い国ですので町中にコーランが響いてます。時には朝の4時頃に突然鳴り響くので眠りを妨げられることもしばしばです。

宿の近くで地下鉄の工事をしていて、夜通し地面が響いてました。

 

 

晩飯からの帰りにナイル川にかかる橋を渡っていたら運搬車がこんな事に、、。

DSC_8196アフリカだなーと感じる瞬間です。

 

翌日は同じ宿に止まっていたケイスケ君とリョウくんと共にレストラン巡りをしました。二人とも若いのに凄い旅を経験していて話を聞いただけでもワクワクさせてもらいました。

DSC_8254左のりょう君は筏でアマゾン川を降っことのあるアドベンチャー青年、シャープな見た目とは裏腹に言葉数少なく何かミステリアスな感じの青年でした。後で彼のサイトをチェックしたら凄く面白い旅をしていて、そして哲学が好きだと分かって、色々とイメージが繋がりました。(ぜひcheckして下さい! ryo-sorimachi.com)。

右のケイスケくんは建築の勉強をしている高身長の青年。インドのバスターミナルの休憩所で寝てたらバックパックを盗まれてしまい、パスポート、財布(カード無し)、爪切りだけがポケットに残っていたらしい。

そこで彼は持っていた爪切りを手に地元のインド人に「爪を切らせてくれ」と言ってお金を稼いでいたとのこと。その後、どうしてもガンガーを見たいので無賃で寝台列車に乗り込んで車掌が切符のチェックに来たらアホのふりをしてごまかしたらしい。生きる能力に長けてます。

DSC_8304

 

 

こんな彼らと飯に行ってシーシャを吸い、楽しい夜を過ごしました。旅先での日本人宿はユニークな日本人に会える最高の場所なので日本人宿がある場所では極力行くようにしてます。何より日本語で話せるから楽しいし!

 

 

今回の旅のスタート地点となったカイロ。この灼熱の砂漠の街には改めて帰ってくると思います。冬に、、。

DSC_8308

Bangkok Thailand 2 タイ、バンコク2

とりあえず、今回の旅はリラックスが一番の目的なので、慌てる事無く、無理に移動もせずに街ブラがメインとなりました。色々なとこに行きたくなる気持ちは有るのですが結果的に疲れてしまうのでその国でのローカルの過ごし方をまねてみると気持ちいい物です。

The top priority of this travel was “relaxation” for us. We decided to not try to go many places but try local life style. Of course street food is one of the best way to feel local.

DSC_7546ことあるごとにご飯を食べます。タイの一食は量が少ないので一日に5食くらい食べれます。

Street food stands are very clean and delicious in Thailand. A bowl of Tom Yam noodle soup is usually about $1.50-.

そしてまた裏道を歩いては何か見つけて食べます(飲みます)。不思議な果物が沢山あります。

Keep eating on the street. We have found many beautiful but unknown fruits snacks. Just keep trying!

とにかく多種多様な物が道ばたで売られているので数ブロック歩くだけでも色々な物が見つかります。写真はサトウキビジュース屋さん、道ばたで焼かれていた魚、そしてタイアイスティーを買ってる嫁。

1st pic: sugar cane juice guy. 2nd: Grilling fishes on the street. 3rd: Thai ice tea stand.

DSC_7790そしておなじみタイマッサージです。都会のオアシスで至福のひとときです。

And then of course Thai massage.

DSC_7518夜になったら船でチャオプラヤーリバーを下って別のマーケットへと向かいます。

Heading to another night market which the other side of river.

DSC_7529そしてまた屋台で食事。写真は地元の方。

Eating food again. Endless.

DSC_7496

最低限の遺跡巡りはしましたが、タイは飯とマッサージが最高なのでゆっくりとしたスケジュールで行かれる事をオススメします。

PS:以下の写真は日本のダメリーマンをターゲットにしたお店です。夜になるとダメリーマン達がニヤニヤした顔つきでこのストリートを徘徊してます。

DSC_7861

 

アナログ プロジェクト Record Project

中学生の頃、近くに住んでいた親戚のN兄ちゃんの家に遊びに行ってはレコードを聴かせてもらってました。当時の僕にはちょっとませてたスティービーワンダーやジェームスブラウン、ロックはザ・スティーブミラーバンド、それにYMOやイサオ トミタ、たまにEPMDやNasなど幅広く聴かせてもらいました。僕はその中でもニューウェーブとテクノの音にはまっていって、その後大学生になった僕はそのまま2000年辺りのトランスブームへと突入して行きました。

ちまたではまだキノコが合法でその辺で買える様な状態でした。当時の私は親不孝通りのデカタンデラックスやキースフラッグで夜遊び三昧でした。大学で悪い遊びを覚えた私は就職してもその調子は変わらず、勤務先の大阪で親友のIと一緒にクラブ三昧の生活でした。当時はベイサイドジェニー、マカオ、アトランティックといったクラブで毎週の様にイベントに繰り出していました。夏には岐阜や京都であるレイブに行き、冬は町中のクラブで踊る、そんな生活を続けて三年が経過した頃、突然の転勤命令!行き先は東京。僕の遊びはもう休み知らずです。

東京に行ってからは麻布イエロー、渋谷WOMB、新木場アゲハを中心にこれまたレイブに行きまくりです。ガソリン代を節約する為に、会社の営業車にキャンプグッズを積んで友達と長野まで行ったりしてました。もちろん車のサイドにある社名はテープでカバーしてました。東京での遊びも順調に行っていた頃、日本で徐々に薬物規制が厳しくなっていきどんどんクラブカルチャーが衰退していきました。で、バーニングマンを求めて僕は日本を後にした訳です。

僕の音楽の経験ではあまり音質にこだわる様な機会は有りませんでした。もちろんCDよりアナログの方が音が良いことは中学生のときから知ってましたが、何せテクノやトランスといった音楽媒体はCDで売られるし、そもそも打ち込みで作られているので音質など二の次三の次でした。

アメリカに来てから正直がっくりしました。ダサいヒップホップやロックをガンガン鳴らしながら走ってる車が多い事。良いトシしたおっさんがギラギラ、ジャラジャラつけてデッカいラジカセ持って、汚い歌詞のラップを流してマリファナ吸いながら歩いてるのが僕のいるサンフランシスコの現状です。正直、アメリカに来て暫くは音楽をあまり聴いてませんでした。そんな事より大自然を満喫したい!ということで旅ばかりしてました。

しかし、ちょっとずつアメリカ人の友達が出来てくるにつれて「今度、俺のライブに来いよ!」といった誘いを受けるようになりました。ジャンルは様々です。ロック、カントリー、ノイズ、ジャズ、アフリカンなど。なるほど、アーティストは沢山居て、時折ライブ活動なんかしてるわけだ!実際、友達のミュージシャンの演奏のレベルは非常に高くて入場料を払う事がほとんどです。しかしこの$5が彼らをサポートしているんだなーと思うと気持ちよく払えます。こうして、生演奏を聴くようになって次第に「部屋で生演奏の様な音で聴けたら良いなー」と思うようになりました。

そこから僕の音楽ライフの第2章が始まったのです。よくよく考えるとアメリカ製のオーディオメーカーは多いはずだし、中古ではじめてみよう。それまではレコーディングスタジオで使われる様なアンプ内蔵のスタジオモニターで音楽を聴いてました(メーカーEVENT,一応バイアンプ)。とりあえずベルトドライブのターンテーブルをカートリッジ付きで中古で見つけてゲット(LINN,$150)、JBLの古いの(ランサー99)をebayで購入($300)。アンプがないからフリマに行って適当なの(聞いた事もないメーカー)を$10でゲット。でもアンプにphono入力が無かったので路上に捨ててあったミキサー(STANTON,$0)をつないでどうにか聴けるようになりました。これでなんとなくカッコ付けて音楽を聴いてました(合計$460)。近所のスリフトストア(ガラクタ屋の事)で一枚$1のレコードを必至でチェックしてました。

昔、親戚のN兄ちゃんの部屋で聴かせてもらってた音からはかなり劣るけど、ま、徐々に揃えて行こう。なんて気軽に考えていたのは約5年前。

なんちゃってオーディオで暫く音楽を聴いてたのですがたまたま中古で売られていたMark LevinsonのML-3に一目惚れしてしまいます。「なんと言う存在感なのだ!!」「これで聴いたらどんな音がするのだーー?」と勝手に盛り上がってしまい購入。家に帰ってからワクワクしながら配線をしました。音を鳴らした瞬間に「おおおおーー」と思いました。でも今考えると、フリマのアンプから十分な出力が出る訳も無く、そこにきていきなりマトモな機材になったので良く感じたのだと思います。後にアンプではさほど音は変わらないという良い勉強をするきっかけになりました。というのも、マーク・レビンソンの調子が悪くなったときにebayでPA用の$200位のアンプでとりあえず聴いていたのですが僅かしか違いは分かりませんでした(透明感がレビンソンの方が良いねー!程度)。この時、スピーカーのランサー99のウーファーのエッジが明らかに硬化していたので新しい物に変えたら音が素晴らしくよくなりました。骨董品だったのですね。

それからまた暫くおとなしくしてましたが、今度はカートリッジのMMとMCが気になり始めます。何か良く分からないがMCの方が職人が作っている感じだなーと。僕の持っている(ターンテーブルに付属してきた)のはMMのSHURE(シュアー) V15VxというカートリッジだったのですがMCのカートリッジが気になるのでネットで評判の良いDENONのDL-103を購入、それと同時にphono入力(MM,MC両方)の付いたコントロールアンプ(中古をebayで)に交換。この違いは大きかったと思います。私の中の数少ない「明らかに違う!」でした。

アメリカで仲良くなったサウンドエンジニアのKさんと色々と話しているうちに、自分が中域の音に惹かれている事が分かり始めてきました。そこで、今度は中古でJBLのL200を発見!ギターアンプの修理技術者のおっちゃんから$1000で購入しました。38cmウーハーとホーンの2wayで、さらに自分好みの音へとなりました。この時、このスピーカーを引き取りに行った際におっちゃんの奥さんは「やっとこの箱が無くなるのねー!新しい家具が置けるわー!」と上機嫌でした。

好奇心というものはつきません。次は真空管アンプとは?と思い始めます。何か疑問が出るとネットで掘り下げて行く僕、その結果、必ず何か買ってしまうという結論になってしまいます。今回は皆さんご存知McintoshのMC240です。これは、世間で言われている通り「柔らかい音に鳴る」。そのとおりです。僕には官能的なボーカルとか艶が増すとか、そういった表現は分かりませんが、マークレビンソンの時は透明感のあった音が暖かい音になったのは確かです。この頃はジャズばっかり聴いてましたのでマッキントッシュの方が私のスタイルにちかかったのでマークレビンソンは処分する運びになりました。

IMG_4174

新旧の入れ替えで記念に。

それから玉転がしと言われる真空管の交換遊びもしてみましたが投資額に対して効果がそれほど感じられませんでしたのですぐに停止しました。

この頃です、私はとある方のブログに釘付けとなったのは。その方はイケダのカートリッジとトーンアームこそ最高の音の入り口である!と提唱しているのです(あとエール音響のホーンが最高の出口)。この方のブログで私は多くの事を勉強させて貰いました。それまではマトモに音の勉強などした事も無く、テキトーに気に入ったものを買ってました。でもこのブログを読んでからは考えるようになったのです。

が、高い。イケダのカートリッジは高い!「流石に35万円する針は無理ねー」と思い、特に考えないようにしてました。そんなある日、このかたのブログで「最後の更新」がされたのです。そこにはこのかたが高齢である事が述べられており、話では池田氏ももう引退されているとのことです。しかも僕が欲しいカートリッジはもう商品一覧には記載されていない旧作になってしまってます。今後買えなくなってしまうかも、「今しかない、、、。」

ということでイケダのIKEDA 9 MUSA・UとトーンアームのIT-407CR1をお願いしました。今回の題名アナログプロジェクトの始まりです。(ここまでは前置きです)

まずは、僕の持っている機材のままロングアームを追加しないといけないので現在使用中のターンテーブルの横に新しくトーンアーム用のベースの制作です。氏によりますとこの部分の素材は音に影響するのでステンレススチールを使う様にとの事です。そこで20mm厚のステンレスでの制作となりました。それと同時にこのトーンアームベースとターンテーブルが両方乗るベースも制作する事にしました。これはひとえに水平を取りやすくする為です。

IMG_4578               IMG_4585

張り合わせたオーク材にペイントをしてます。

ベースはオーク材の合板を二枚重ねて張り合わせました。トーンアームベースのステンレスはとにかく磨くのが大変です。サンドペーパーは80番から開始して#120,#240,#400,#600,#800, #1200最後に#2000までやってから仕上げにコンパウンド(#5000くらい)で磨きました。

42A77137-1540-44F1-B4E5-05D1B706BEE5

左から、作業前、 80番、  400番、     2000番  の後です。

トーンアームのポールが入る穴の位置は実際にアームが来るまで決めれませんので仮の木材で作った物を準備しておきました。

IMG_4627

ステンレスのベースを横においてサイズの確認。

ベースにはそれぞれアマゾンで買ったスパイクを付けてカッコ付けてそれっぽくしてます。ダストカバーも今までの物は使えませんので家の近くのプラスティック屋さんで制作をお願いしました。そうこうしてたら日本から荷物が届きました。実際に商品が手元に届いたときは今までのどの機材よりも緊張しました。やはりメイドインジャパンはいいです!

IMG_4637

早速、同封されていた寸法シートでトーンアームの位置決めです。

IMG_4638

部屋の天井からぶら下げてる自転車が映り込んでます。

IMG_4661

とりあえず仮で作っておいた木のベースにセットしてテスト。

場所が決まったらウォータージェットカッターを持っている金属加工屋さんに持って行って加工をお願いしました。今回使用したステンレスはSUS306だったのでプラズマカッターじゃなくても加工が出来たので良かったです。材質が固い場合はウォータージェットでは切断出来ず、プラズマになるのでどうしても仕上がりが荒くなってしまいます。せっかく磨いた表面に傷も入れたく無かったので良かったです。

IMG_4695

その後、ダストカバーも無事完成。

IMG_4694

現在は上記の機材にFRのMCトランスを追加して聴いております。イケダの音は非常にリアルだと思います。しかしDENONのDL-103もなかなか健闘してます。こちらも素晴らしいカートリッジです。今後はエール音響のホーンに興味が出そうで怖いです。

Bangkok, Thailand  バンコク、タイ

今年は年末にかけて久しぶりに日本で正月を迎える事になりました。私の実家のある福岡は九州なのに雪が降る始末で、カリフォルニアでナマリまくった私の身体には少々キツいのでタイに一週間ほど逃避する事にしました。タイに行くのは実に15年振りくらいなので凄く楽しみでした。

タイに関する旅行情報は山ほどネット上にあるので、ここでは私達のスタイルを押して参ります。まずは福岡からベトナム経由でタイのスワンナプーム空港へ。

まず、ここでの入国が大変です。とにかく列に並ぶなんてルールも無視でぐちゃぐちゃの無法地帯です。入国のスタンプを貰うまで実に一時間半かかりました。一月の第二週にタイに行ったのですが気温は27℃ほどで、日本から来た我々には非常に気持ちよく感じました。

DSC_7439ホテルに荷物を置いてすぐに晩ご飯の散策です。タイはとにかくストリートフードが美味いです。どこの屋台も正直言って日本の屋台より清潔です。というのも、屋台なのに水道を使っているからです。屋台がある地区には道ばたに水道の蛇口が有るようで、どこの店も食べ終わった食器を綺麗に洗浄してました。私は旅好きなのにお腹が強く無いという決定的な弱点を持っているのですが、タイの屋台は大丈夫なのです。

DSC_7754ということで、早速今晩は近くの屋台で変り種ヌードルスープと臓物のスープを頂きました。ヌードルスープはトムヤムに近いスープでとても美味しかったです。私には臓物のスープは流石に少々ハイレベルでした、が嫁はペロっと完食してました。それぞれお値段は40バーツです。(当時日本円レート100円=約29バーツ)今時、二人分の晩飯が300円以下で済む事に心から感謝です。

腹一杯になったので旅の疲れを癒すため初日はすぐにホテルに帰って寝ました。(ちなみに宿泊はシーロム地区です。シーロムやサイアム地区には屋台が多数ありますので食事に困りません。)

二日目はバンコクの定番コースのワット・プラケーオと王宮の散策です。私は嫁は初のタイですので一応この辺は見せておきたかったので昼頃からゆらりと向かいました。

DSC_7451適当なバスを見つけて近くまで行くか尋ねてみて「オッケー!」と言うなんだか良く分からない回答をもらってタラタラと向かいました。

タイでは予想以上に英語が通じませんのでご注意下さい。英語が話せる方もいますがかなりナマリがキツいです。

運転手の娘さんらしき女の子は運転席の横で気持ち良さそうに寝てました。

以下、バスの車窓から働くバイクです。

 

カーペットを運ぶバイク

DSC_7461

仲良く二人乗りの三輪バイク

DSC_7458

ほうき屋さん

DSC_7467

と、まあ皆さん色々とカスタムされててカッコいいです。バイク一台でお店が成り立っている感じもいいですね。

と、ナイスなバイクを写真に納めていたら近くに座っていたおばちゃんが「ワット・プラケーオ、ヒアー!」と言ってきたのでそこで下車。「あれーどこかなー?」と探していたのですが、どうも様子がおかしいので携帯の地図で見てみるとまだ大分離れた所でした。「多分、あのバスのルート上で一番近いのがここだったんだよ!」と嫁。なので、仕方なしにそこからトゥクトゥクを拾って行きました。後半に続く。

写真はタイの電柱の電線。

DSC_7446

North west lands end of 48 states アメリカの北西の果て

ワシントン州のオリンピックナショナルパークを満喫した我々はその後しばしアメリカの地図を見て「アメリカの48州の一番角っこに行ってみたくない?」と思い、そのまま車を走らせて一番角を目指すことにしました。

IMG_1027

 

 

 

もちろん何があるのか知りませんが道はどうやら続いているようです。

 

 

そのままズンズン進み続けて、

IMG_1026

恐らくここが角の様です。

そこにはちゃんと駐車場があり、トレッキング用の道もあります。

海に近づくにつれ辺りは湿っぽくなって、いつの間にか雨がふっていました。

ここはまぎれも無くレインフォレストです。

「車を止めて、歩いて行けるとこまで行ってみよう!」と嫁が言ったと思ったらトレッキングコースを走り始めました。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

時間にして20分くらいあるいたでしょうか、そこには断崖絶壁の景色が現れました。

恐らく年中雨が降っているのか緑がうっそうと生い茂り、まるで熱帯のアジアの国のどこかにいるような感覚になりました。

DP2M0456

断崖絶壁の端っこに海を見張らせるデッキがあるのでそこまで行って海をみてると向かいに小さな島が有るのが分かります。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

すると、いつから居たのか隣に立っていた犬を連れたおじさんが

「昔、あの島には一家族だけ住んでいたんだよ。」

僕「へえーいつぐらいまで住んでたの?」

おじさん「ほんの数十年前まで居たんだよ、お父さん、お母さんとその子供達がね。」

僕「どうやって生活してたの?」

おじさん「家畜を飼って生活してたのさ。緑は沢山あるからね。」

僕「なるほど。でもどうして住むのを止めたんだろう?」

おじさん「子供達が島を出て行って、最後はお父さんもお母さんも出て行って誰も残らなかったのさ。」

僕「そうか。でもあの島での生活は退屈だろうな〜。」

おじさん「そうだな〜。」

僕「。。。。」

おじさん「。。。。。」

 

おじさん「子供達の一人がわしだよ。」

僕「えっ!?」

おじさん「たまにこうやって故郷を見にくるのさ。」

と、突然ビックリするようなお話をしてくれました。そのおじさんは暫くするとニコッとして去って行きました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ロードトリップの途中であったちょっと変わったお話しでした。

なぜか嫁は終始ハイテンションでした。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

下の写真は近くにあった地元のインデアンの博物館の入り口のサインです。

トーテムガールとトーテムボーイ?

IMG_1016

Fish Dashi (stock) 魚出汁

海外に住んでいる日本人の多くの方が飢えているであろう出汁ですが、我が家ではおろした後の魚を日干しにして魚出汁をとってます。

日系のスーパーで手に入るものの多くは化学調味料がふんだんに使用されてますので敬遠していまいますし、日本と違って取り扱っている種類も多くは有りません。なので、おろした後の鯛、ヒラメ、鯵などの中骨をトースターで焼いてからカリフォルニアの太陽に当てて乾かしてます。日差しが強いせいか数日でカラカラになります。

IMG_0131

いい感じに仕上がったら鍋に放り込んで、その上から最後に鰹節で香りをつけて完成です。

ちなみに本枯節はこっちでは手に入りません(手段を知りません)ので日本から買ってます。

IMG_1234

いや〜出汁っていいですよね〜!