Senegal  セネガル

ナミビアでの民族巡りおよびサファリを満足した後に次に僕が目指したのはセネガルの首都ダカールです。

この旅の途中で「ガーナも行きたいしナイジェリアもいいなー!」などと色々と思いを募らせていたのですが、思いの外、西アフリカ諸国は日本人に対してアライバルビザを発行してくれない事実にぶつかりました。私の今回の旅は2ヶ月限定ですので隣国の大使館に行ってビザのアプライをして、そんでもって2〜3日待たされて、、なんて悠長な事はしてられません。となると、私が今回行けるのは飛行機や陸路で到着してすぐにビザを発給してくれる国になります。そこでセネガル登場です。バイク好きの私にはダカールはかの有名なダカール・ラリーの終着点である事は大きな意味を持ちます。

そして調べているうちにわかったのが、ダカールに「和心」という日本人の方が経営されている高評価な宿があるのです。どのサイトを見ても「和心のご飯は最高!!」とあるのでこれはもう行くしか無いです。

善は急げという事で翌日のダカール行きのチケットを取ってすぐに向かいました。ナミビアのウインドホークからヨハネスブルグ経由でダカール行きとなりました。

途中のヨハネスブルグのトランジットの際にカッコいいシャツのお店を見つけたので入ってみると、あのネルソン・マンデラ氏のシャツを作っていたというメーカーのお店を発見。衝動買いです。

髪型の綺麗な店員のお姉さんに選んでもらいました。

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ダカールの空港に着いてから気付いたのですが「暑い、そして英語喋ってる人がいない、、。」そうです、ここはフランス語圏です。

言葉が通じない事によって空港から突然、宿行きのアドベンチャーが始まりました。

まずはお金です。ここの通貨はセーファというのですがどこでゲット出来るのやら。まずは空港のATMでトライするも表示が全てフランス語。全く分からん。誰かヘルプがいるなーと思って銃を持ってた軍人らしき人を捕まえて、彼を連れて来て別のATMで再びトライ。彼がわずかにスペイン語が分かってどうにかキャッシュをゲット!

そしてタクシーへ。皆さんご存知の通りアフリカ諸国のタクシーはボッタクリが凄いです。そこで他の軍人を捕まえて相場を聞いてみるも「タクシーに乗らんので分からん」的な事を言っている。すると横にいた軍人の友達(おそらく仕事がOFFだった軍人)が「俺の知り合いに聞いてやる!」と言って何やら携帯で電話し始めました。電話が終わると「知り合いのタクシーの運転手が4000で連れて行ってやるってさ!」と。タクシー乗り場のおっさん達は25000セーファと言っていたのでこれは恐らくローカルの相場だな。と思い「よっしゃ!頼むわ!」。

10分くらいしてからボロボロのタクシーが到着。実の所、到着日に和心に行きたかったのだが空港に着いたのが深夜1時過ぎなので初日は24時間チェックインが出来る別の宿を一泊だけ予約していた。その宿は空港から30分くらいの場所である。といあえずタクシーに飛び乗って場所を伝えていざ出発。

目的地の宿は住宅地の中で見つけにくかった。どうにか探してタクシーを降りると運転手が「20000セーファだ」と。おいおい、「4000だと決めたじゃ無いか。」

運ちゃん「20000払え。」

僕「お前の友達も4000だと言っただろ」

運ちゃん「うるさい。20000出せ。」

と、押し問答になりました。かなりうっとおしいので5000だけ払ってホテルの中に行きました。「やっぱアフリカのタクシーは信用ならんなー」と思いさっさと寝ることにしました。

翌朝ホテルを出るとなんとタクシーの運ちゃんはまだそこにいてさらにストリートチルドレンらしきコジキが5〜6人一緒にいるでは無いですか!!僕を見つけるや否やいきなり襲ってきました。全員で僕の財布や荷物を奪おうとしてきたので大声で叫びました!すると近隣の住民が何やら集まってきたので彼らもバツが悪くなり少し大人しくなりました。

するとそこに英語が話せるおっさんが登場して「おい!お前ら!彼から盗んだ物を返せ!」と言って奪い返してくれました。その後、このおっさんを介して状況を説明したのですが、「ここの警察に行っても多分何の解決もしてくれんだろう」と言う事と「あまりに危ないキッズ(コジキ)がいるので安全をお金で買った方がいいだろう」といことになり追加で10000払って追い払うことにしました。

怪我させられて金もあげて散々なセネガルスタートです。色々な国を旅してきましたが強盗の経験は初めてでした。今後の教訓となりました。

改めて和心を目指す事に。「一気に長距離をタクシーで行くと高くつくから街から街を少額で乗り継いだら安くなる。」とおっさんが教えてくれたのでまずは1500セーファくらいの距離で移動することに。

移動の途中、怪我をしてる僕を見て「どうしたんだ?」と聞いてくるタクシーの運ちゃんがいたので説明をすると「悪かったなー」と言ってディスカウントしてくれた人もいました。何か悪いことが起こるとその国が嫌になるかもしれませんが、こうやって優しい人に出会うと「悪いやつは少数派何だなー」と考えさせられます。

セネガルのタクシーには何故か尻尾がついています。

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街から街へと移動する際のタクシー乗り換え拠点はこんな感じの市場になってる所です。

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ローカルの乗合バス。乗り方が分からないので断念。

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3〜4回の乗り継ぎで和心に到着しました。噂通りの素敵なオーナーさんにお出迎えして頂きました。原田さんファミリーが経営されている和心はワッカム地区にあり非常に静かな地区です。付近に危ない感じもなく即座に「ここで沈没決定だな〜」と感じました。

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何が良いかと言うとまずご飯がむちゃくちゃ美味いのです。ザ・和食が食べれると言うだけでナミビアから来た甲斐があります。

初日の晩御飯のチキン南蛮。ここがアフリカであることを忘れます。

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そして、原田さん家族のオーラが良い為か、この宿でインターンをしている若い子たちのオーラも素晴らしいのです。皆、ピースでポジティブなバイブスを出していて気持ちの良い時間を共有してくれます。

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まずは”大ちゃん”こと大地くん!原田さんご夫妻の息子さん。この宿のマスコットキャラクターですね。とにかく元気で人懐っこくてハイパーです!

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ご家族で一枚。お二人ともセネガルの生地で作られたファッションアイテムご愛用でとても素敵ですね!原田さんと奥さんのちゃこさん。

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ラムちゃんとコーショウくん。ラムちゃんは和心でインターンをした後にフランスに行かれました笑顔の可愛い関西ガール。若くして世界中を渡り歩いてて羨ましいです。コーショウくんはファッションの勉強をされてて、ここセネガルで服をデザイン、制作して売り出したいとおっしゃってました。彼のファッションセンスを見て、そのレベルの高さから必ず達成できると信じております。

あと、僕が個人的に非常にお世話になったのがよっちゃんです。

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えくぼの可愛い彼女はフランス語が話せるので何かとお手伝いをして頂きました。と言うのも、僕にはここセネガルで大きなミッションがあったのです。

アフリカ大陸に着いて以来、探し続けていたのですが結局見つからなかったアフリカのビンテージレコードです。

僕は趣味でレコードを聴くのですがアフリカのレコードはカリフォルニアではほとんど見ることがありません。あってもドイツやフランスのレーベルが再発したものでオリジナルの音源じゃなかったり加工が加えられた物があるのみです。「アフリカでこそオリジナルのレコードを!」とは思っていたものの、エチオピア、ケニア、タンザニアなどで探してみましたがなかなか見つかりませんでした(首都で時間を過ごしていないので地方都市ばかりだったのですが)。よって、ここで見つからないともう無理!という事で、よっちゃんに通訳をお願いして丸2日かけてレコード探索に付き合って頂きました。

まずはダカールの繁華街マルシェ・サンダガに行って情報収集です。電気部品などを売っている地区に行ってよっちゃんが聞いて回ってます。

すると一人のガンジーみたいな見た目のおっちゃんが「何?レコードを探してるのか?売ってるやつを知ってるぞ!ついてこい!」というのでこのおっちゃんについて行きました。すると電気街の片隅の外にガラクタとガラクタレコードを売ってる店に連れて来てくれました。

この店(と言っても路上にパラソルを置いて商品を陳列してるだけ)は数十枚のレコードを持っていたのですがほとんどがアメリカのレコード(マイケルジャクソン、マライアなど)、アフリカンはほとんど無く状態もよくないので2枚だけ購入する事になりました。

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もう一度このガンジーおっちゃんにちゃんと「僕が欲しいのは昔のアフリカのレコードでアメリカのじゃない!」と説明すると今度はその横に偶然立っていたラスタな兄ちゃんが「俺の友達に持ってる奴がいるぞ!」と言い出したので今度は4人で別の店へ。

しかし、残念ながらCDしかなくあえなく沈没。すると今度はガンジーが「そーいえば別の市場にレコードを売ってる奴がいた気がする」と言い出したので次はタクシーを捕まえて僕とよっちゃんとガンジーとラスタの4人で別の市場へ!その市場に着くや否やガンジーが「待ってろ!」と言って姿を消しました。

右の二人がラスタとガンジー。タクシーに乗るところ。

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僕とよっちゃんは「大丈夫かなー?」と言って待ってる間、ラスタもウロウロとしてます。

しばらくしてガンジーが帰って来て「お店はあるんだけど今日は閉めてるらしい、でもオーナーの電話番号がわかったから電話して見る!」と言っておもむろに電話し始めました。

何やらガンジーが電話で話してから、僕らに「レコード屋のオーナーの家に行くぞ!」と言ってタクシーを止めました。このあたりで僕とよっちゃんは「胡散臭そうだなー!」と言ってましたが、ここまで来たのでもう行くしかない!という事でタクシーに乗って4人でオーナーの家に向かいます。

見た事もないロータリー付近でタクシーを降りてキョロキョロしてると、一人の男性が近づいて来ます。そしてガンジーと話し始めました。どうやら彼がレコード屋のオーナーです。オーナーに連れられて皆で彼の家に向かって歩き始めました。

そこは一軒家で中にお邪魔して、ある部屋に通されてびっくり!

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なんと、部屋中ビンテージアフリカンレコードです。

オーナーのおっさんは「どんなの探してるんだ?」と僕に聞いて来たので、僕は「あまり激しすぎない1980年代のダンス」と伝えるとおもむろにレコードをピックアップし始めました。

まさかまさかの大どんでん返しに僕はもう有頂天です。よっちゃんには悪かったですがしばらく僕とオーナーのレコード談義が始まってしまいあっという間に数時間です。

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欲しいレコードを数十枚ピックアップして「さあ、値段だ」。

とここでオーナーが「最近はフランスやドイツから買いに来る奴も多いから安くは売らんぞ!」と釘をさして来ました。

「じゃ、一枚いくらなの?」と聞くと、

オーナー「1枚$30だ。」

僕「ぬあーーーーにーー!!!一枚$30だと!!アメリカで新品買うより高いじゃねーーか!」

オーナー「じゃ諦めろ。俺のレコードは全てオリジナルの初版だから価値があるんだよ」

僕「クーーーー!足元を見やがって!!!どのレコードも砂まみれじゃねーか!!」

実際に割れてる物もあるし中から砂が出てくる物も山ほどあります。

すかさずよっちゃんに相談、そしてよっちゃんがガンジーとラスタに相談。

するとガンジーとラスタが突然怒った口調で「何だとおおおおお!!!$30だとおおお!!」

それもそのはず。昼飯が$1足らずで食べれるこの国でレコード一枚で$30なんて言うと普通の人なら当然ボッタクってると思います。

オーナー「だから、お前らは知らんだろうがこのレコードは貴重なの!!だから高いの!」

ガンジー「恥を知れーーー!外国人だからと言って無茶にも程が有る!!!」

と、気が付いたらオーナーVSガンジーの交渉になっていました。

こんな感じで交渉が約1時間程続きました。

本当は50枚以上欲しかったのですが、思った以上にオーナーが値引きしてくれず25枚ほどに絞って購入する事になりました。

交渉成立の記念にオーナー(左)をパチリ!で右が値段に納得していないガンジーとノリノリのラスタとよっちゃん。

帰りがけにもガンジーは「高すぎる。ケチすぎる。」とブツブツ言ってました。

しかし、他人の買い物の為に数時間も時間を使ってくれて、交渉までしてくれて、セネガルの優しい方々に触れれて本当によかったです。彼らにランチをご馳走してお礼を言いました。ガンジーは律儀な人で「ランチご馳走様でした。」と最後にお礼まで言ってくれました(一人$1位です)。

ちなみにガンジーの本名はルル、ラスタの本名はアバースです。

帰りにお礼によっちゃんとスイーツを食べに行ってレコード探しは終了です!

後日からは和心近くをウロウロと物色しました。

暑いせいかどこのお店もドアを開けていて中が丸見えです。なので一声かけて写真を撮りまくりです。

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職人の工場。

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同じく職人さん。

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床屋さんの看板は何故かどこも同じ。横からのイラスト。

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アフリカでホンダの”アフリカツイン”をメンテナンスしていたバイク屋さん。

僕のドリームバイクの一つです。本当にアフリカを走れるんだなー!

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ここはよっちゃんと一緒に行ったお面市場。正直不気味なところでした。

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「アフリカのお面が欲しい!」と変な一面を持つお年頃ガールよっちゃん。市場ではご満悦でした。

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そして生地屋さん。僕も嫁さんのお土産に大量の生地を購入しました。

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生地市場に行けばこの通り。

セネガルは滞在の出だしこそ痛い目に会いましたが和心のおかげでアフリカの中でも最も思い出深い滞在になりました。もっと沢山の方々に和心で出会いましたが写真を撮っていなかったので画像のある方のみ紹介させて頂きました!

和心の共同オーナーの笑顔の絶えない小林さん、フランスの大学で勉強中でトランプが滅法強いジュンペイくん、今時な日本の若者スタイルを教えてくれたヒデキくん、みんな素敵な方々です。改めてありがとう!

 

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アナログ プロジェクト Record Project

中学生の頃、近くに住んでいた親戚のN兄ちゃんの家に遊びに行ってはレコードを聴かせてもらってました。当時の僕にはちょっとませてたスティービーワンダーやジェームスブラウン、ロックはザ・スティーブミラーバンド、それにYMOやイサオ トミタ、たまにEPMDやNasなど幅広く聴かせてもらいました。僕はその中でもニューウェーブとテクノの音にはまっていって、その後大学生になった僕はそのまま2000年辺りのトランスブームへと突入して行きました。

ちまたではまだキノコが合法でその辺で買える様な状態でした。当時の私は親不孝通りのデカタンデラックスやキースフラッグで夜遊び三昧でした。大学で悪い遊びを覚えた私は就職してもその調子は変わらず、勤務先の大阪で親友のIと一緒にクラブ三昧の生活でした。当時はベイサイドジェニー、マカオ、アトランティックといったクラブで毎週の様にイベントに繰り出していました。夏には岐阜や京都であるレイブに行き、冬は町中のクラブで踊る、そんな生活を続けて三年が経過した頃、突然の転勤命令!行き先は東京。僕の遊びはもう休み知らずです。

東京に行ってからは麻布イエロー、渋谷WOMB、新木場アゲハを中心にこれまたレイブに行きまくりです。ガソリン代を節約する為に、会社の営業車にキャンプグッズを積んで友達と長野まで行ったりしてました。もちろん車のサイドにある社名はテープでカバーしてました。東京での遊びも順調に行っていた頃、日本で徐々に薬物規制が厳しくなっていきどんどんクラブカルチャーが衰退していきました。で、バーニングマンを求めて僕は日本を後にした訳です。

僕の音楽の経験ではあまり音質にこだわる様な機会は有りませんでした。もちろんCDよりアナログの方が音が良いことは中学生のときから知ってましたが、何せテクノやトランスといった音楽媒体はCDで売られるし、そもそも打ち込みで作られているので音質など二の次三の次でした。

アメリカに来てから正直がっくりしました。ダサいヒップホップやロックをガンガン鳴らしながら走ってる車が多い事。良いトシしたおっさんがギラギラ、ジャラジャラつけてデッカいラジカセ持って、汚い歌詞のラップを流してマリファナ吸いながら歩いてるのが僕のいるサンフランシスコの現状です。正直、アメリカに来て暫くは音楽をあまり聴いてませんでした。そんな事より大自然を満喫したい!ということで旅ばかりしてました。

しかし、ちょっとずつアメリカ人の友達が出来てくるにつれて「今度、俺のライブに来いよ!」といった誘いを受けるようになりました。ジャンルは様々です。ロック、カントリー、ノイズ、ジャズ、アフリカンなど。なるほど、アーティストは沢山居て、時折ライブ活動なんかしてるわけだ!実際、友達のミュージシャンの演奏のレベルは非常に高くて入場料を払う事がほとんどです。しかしこの$5が彼らをサポートしているんだなーと思うと気持ちよく払えます。こうして、生演奏を聴くようになって次第に「部屋で生演奏の様な音で聴けたら良いなー」と思うようになりました。

そこから僕の音楽ライフの第2章が始まったのです。よくよく考えるとアメリカ製のオーディオメーカーは多いはずだし、中古ではじめてみよう。それまではレコーディングスタジオで使われる様なアンプ内蔵のスタジオモニターで音楽を聴いてました(メーカーEVENT,一応バイアンプ)。とりあえずベルトドライブのターンテーブルをカートリッジ付きで中古で見つけてゲット(LINN,$150)、JBLの古いの(ランサー99)をebayで購入($300)。アンプがないからフリマに行って適当なの(聞いた事もないメーカー)を$10でゲット。でもアンプにphono入力が無かったので路上に捨ててあったミキサー(STANTON,$0)をつないでどうにか聴けるようになりました。これでなんとなくカッコ付けて音楽を聴いてました(合計$460)。近所のスリフトストア(ガラクタ屋の事)で一枚$1のレコードを必至でチェックしてました。

昔、親戚のN兄ちゃんの部屋で聴かせてもらってた音からはかなり劣るけど、ま、徐々に揃えて行こう。なんて気軽に考えていたのは約5年前。

なんちゃってオーディオで暫く音楽を聴いてたのですがたまたま中古で売られていたMark LevinsonのML-3に一目惚れしてしまいます。「なんと言う存在感なのだ!!」「これで聴いたらどんな音がするのだーー?」と勝手に盛り上がってしまい購入。家に帰ってからワクワクしながら配線をしました。音を鳴らした瞬間に「おおおおーー」と思いました。でも今考えると、フリマのアンプから十分な出力が出る訳も無く、そこにきていきなりマトモな機材になったので良く感じたのだと思います。後にアンプではさほど音は変わらないという良い勉強をするきっかけになりました。というのも、マーク・レビンソンの調子が悪くなったときにebayでPA用の$200位のアンプでとりあえず聴いていたのですが僅かしか違いは分かりませんでした(透明感がレビンソンの方が良いねー!程度)。この時、スピーカーのランサー99のウーファーのエッジが明らかに硬化していたので新しい物に変えたら音が素晴らしくよくなりました。骨董品だったのですね。

それからまた暫くおとなしくしてましたが、今度はカートリッジのMMとMCが気になり始めます。何か良く分からないがMCの方が職人が作っている感じだなーと。僕の持っている(ターンテーブルに付属してきた)のはMMのSHURE(シュアー) V15VxというカートリッジだったのですがMCのカートリッジが気になるのでネットで評判の良いDENONのDL-103を購入、それと同時にphono入力(MM,MC両方)の付いたコントロールアンプ(中古をebayで)に交換。この違いは大きかったと思います。私の中の数少ない「明らかに違う!」でした。

アメリカで仲良くなったサウンドエンジニアのKさんと色々と話しているうちに、自分が中域の音に惹かれている事が分かり始めてきました。そこで、今度は中古でJBLのL200を発見!ギターアンプの修理技術者のおっちゃんから$1000で購入しました。38cmウーハーとホーンの2wayで、さらに自分好みの音へとなりました。この時、このスピーカーを引き取りに行った際におっちゃんの奥さんは「やっとこの箱が無くなるのねー!新しい家具が置けるわー!」と上機嫌でした。

好奇心というものはつきません。次は真空管アンプとは?と思い始めます。何か疑問が出るとネットで掘り下げて行く僕、その結果、必ず何か買ってしまうという結論になってしまいます。今回は皆さんご存知McintoshのMC240です。これは、世間で言われている通り「柔らかい音に鳴る」。そのとおりです。僕には官能的なボーカルとか艶が増すとか、そういった表現は分かりませんが、マークレビンソンの時は透明感のあった音が暖かい音になったのは確かです。この頃はジャズばっかり聴いてましたのでマッキントッシュの方が私のスタイルにちかかったのでマークレビンソンは処分する運びになりました。

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新旧の入れ替えで記念に。

それから玉転がしと言われる真空管の交換遊びもしてみましたが投資額に対して効果がそれほど感じられませんでしたのですぐに停止しました。

この頃です、私はとある方のブログに釘付けとなったのは。その方はイケダのカートリッジとトーンアームこそ最高の音の入り口である!と提唱しているのです(あとエール音響のホーンが最高の出口)。この方のブログで私は多くの事を勉強させて貰いました。それまではマトモに音の勉強などした事も無く、テキトーに気に入ったものを買ってました。でもこのブログを読んでからは考えるようになったのです。

が、高い。イケダのカートリッジは高い!「流石に35万円する針は無理ねー」と思い、特に考えないようにしてました。そんなある日、このかたのブログで「最後の更新」がされたのです。そこにはこのかたが高齢である事が述べられており、話では池田氏ももう引退されているとのことです。しかも僕が欲しいカートリッジはもう商品一覧には記載されていない旧作になってしまってます。今後買えなくなってしまうかも、「今しかない、、、。」

ということでイケダのIKEDA 9 MUSA・UとトーンアームのIT-407CR1をお願いしました。今回の題名アナログプロジェクトの始まりです。(ここまでは前置きです)

まずは、僕の持っている機材のままロングアームを追加しないといけないので現在使用中のターンテーブルの横に新しくトーンアーム用のベースの制作です。氏によりますとこの部分の素材は音に影響するのでステンレススチールを使う様にとの事です。そこで20mm厚のステンレスでの制作となりました。それと同時にこのトーンアームベースとターンテーブルが両方乗るベースも制作する事にしました。これはひとえに水平を取りやすくする為です。

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張り合わせたオーク材にペイントをしてます。

ベースはオーク材の合板を二枚重ねて張り合わせました。トーンアームベースのステンレスはとにかく磨くのが大変です。サンドペーパーは80番から開始して#120,#240,#400,#600,#800, #1200最後に#2000までやってから仕上げにコンパウンド(#5000くらい)で磨きました。

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左から、作業前、 80番、  400番、     2000番  の後です。

トーンアームのポールが入る穴の位置は実際にアームが来るまで決めれませんので仮の木材で作った物を準備しておきました。

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ステンレスのベースを横においてサイズの確認。

ベースにはそれぞれアマゾンで買ったスパイクを付けてカッコ付けてそれっぽくしてます。ダストカバーも今までの物は使えませんので家の近くのプラスティック屋さんで制作をお願いしました。そうこうしてたら日本から荷物が届きました。実際に商品が手元に届いたときは今までのどの機材よりも緊張しました。やはりメイドインジャパンはいいです!

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早速、同封されていた寸法シートでトーンアームの位置決めです。

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部屋の天井からぶら下げてる自転車が映り込んでます。

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とりあえず仮で作っておいた木のベースにセットしてテスト。

場所が決まったらウォータージェットカッターを持っている金属加工屋さんに持って行って加工をお願いしました。今回使用したステンレスはSUS306だったのでプラズマカッターじゃなくても加工が出来たので良かったです。材質が固い場合はウォータージェットでは切断出来ず、プラズマになるのでどうしても仕上がりが荒くなってしまいます。せっかく磨いた表面に傷も入れたく無かったので良かったです。

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その後、ダストカバーも無事完成。

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現在は上記の機材にFRのMCトランスを追加して聴いております。イケダの音は非常にリアルだと思います。しかしDENONのDL-103もなかなか健闘してます。こちらも素晴らしいカートリッジです。今後はエール音響のホーンに興味が出そうで怖いです。