Senegal  セネガル

ナミビアでの民族巡りおよびサファリを満足した後に次に僕が目指したのはセネガルの首都ダカールです。

この旅の途中で「ガーナも行きたいしナイジェリアもいいなー!」などと色々と思いを募らせていたのですが、思いの外、西アフリカ諸国は日本人に対してアライバルビザを発行してくれない事実にぶつかりました。私の今回の旅は2ヶ月限定ですので隣国の大使館に行ってビザのアプライをして、そんでもって2〜3日待たされて、、なんて悠長な事はしてられません。となると、私が今回行けるのは飛行機や陸路で到着してすぐにビザを発給してくれる国になります。そこでセネガル登場です。バイク好きの私にはダカールはかの有名なダカール・ラリーの終着点である事は大きな意味を持ちます。

そして調べているうちにわかったのが、ダカールに「和心」という日本人の方が経営されている高評価な宿があるのです。どのサイトを見ても「和心のご飯は最高!!」とあるのでこれはもう行くしか無いです。

善は急げという事で翌日のダカール行きのチケットを取ってすぐに向かいました。ナミビアのウインドホークからヨハネスブルグ経由でダカール行きとなりました。

途中のヨハネスブルグのトランジットの際にカッコいいシャツのお店を見つけたので入ってみると、あのネルソン・マンデラ氏のシャツを作っていたというメーカーのお店を発見。衝動買いです。

髪型の綺麗な店員のお姉さんに選んでもらいました。

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ダカールの空港に着いてから気付いたのですが「暑い、そして英語喋ってる人がいない、、。」そうです、ここはフランス語圏です。

言葉が通じない事によって空港から突然、宿行きのアドベンチャーが始まりました。

まずはお金です。ここの通貨はセーファというのですがどこでゲット出来るのやら。まずは空港のATMでトライするも表示が全てフランス語。全く分からん。誰かヘルプがいるなーと思って銃を持ってた軍人らしき人を捕まえて、彼を連れて来て別のATMで再びトライ。彼がわずかにスペイン語が分かってどうにかキャッシュをゲット!

そしてタクシーへ。皆さんご存知の通りアフリカ諸国のタクシーはボッタクリが凄いです。そこで他の軍人を捕まえて相場を聞いてみるも「タクシーに乗らんので分からん」的な事を言っている。すると横にいた軍人の友達(おそらく仕事がOFFだった軍人)が「俺の知り合いに聞いてやる!」と言って何やら携帯で電話し始めました。電話が終わると「知り合いのタクシーの運転手が4000で連れて行ってやるってさ!」と。タクシー乗り場のおっさん達は25000セーファと言っていたのでこれは恐らくローカルの相場だな。と思い「よっしゃ!頼むわ!」。

10分くらいしてからボロボロのタクシーが到着。実の所、到着日に和心に行きたかったのだが空港に着いたのが深夜1時過ぎなので初日は24時間チェックインが出来る別の宿を一泊だけ予約していた。その宿は空港から30分くらいの場所である。といあえずタクシーに飛び乗って場所を伝えていざ出発。

目的地の宿は住宅地の中で見つけにくかった。どうにか探してタクシーを降りると運転手が「20000セーファだ」と。おいおい、「4000だと決めたじゃ無いか。」

運ちゃん「20000払え。」

僕「お前の友達も4000だと言っただろ」

運ちゃん「うるさい。20000出せ。」

と、押し問答になりました。かなりうっとおしいので5000だけ払ってホテルの中に行きました。「やっぱアフリカのタクシーは信用ならんなー」と思いさっさと寝ることにしました。

翌朝ホテルを出るとなんとタクシーの運ちゃんはまだそこにいてさらにストリートチルドレンらしきコジキが5〜6人一緒にいるでは無いですか!!僕を見つけるや否やいきなり襲ってきました。全員で僕の財布や荷物を奪おうとしてきたので大声で叫びました!すると近隣の住民が何やら集まってきたので彼らもバツが悪くなり少し大人しくなりました。

するとそこに英語が話せるおっさんが登場して「おい!お前ら!彼から盗んだ物を返せ!」と言って奪い返してくれました。その後、このおっさんを介して状況を説明したのですが、「ここの警察に行っても多分何の解決もしてくれんだろう」と言う事と「あまりに危ないキッズ(コジキ)がいるので安全をお金で買った方がいいだろう」といことになり追加で10000払って追い払うことにしました。

怪我させられて金もあげて散々なセネガルスタートです。色々な国を旅してきましたが強盗の経験は初めてでした。今後の教訓となりました。

改めて和心を目指す事に。「一気に長距離をタクシーで行くと高くつくから街から街を少額で乗り継いだら安くなる。」とおっさんが教えてくれたのでまずは1500セーファくらいの距離で移動することに。

移動の途中、怪我をしてる僕を見て「どうしたんだ?」と聞いてくるタクシーの運ちゃんがいたので説明をすると「悪かったなー」と言ってディスカウントしてくれた人もいました。何か悪いことが起こるとその国が嫌になるかもしれませんが、こうやって優しい人に出会うと「悪いやつは少数派何だなー」と考えさせられます。

セネガルのタクシーには何故か尻尾がついています。

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街から街へと移動する際のタクシー乗り換え拠点はこんな感じの市場になってる所です。

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ローカルの乗合バス。乗り方が分からないので断念。

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3〜4回の乗り継ぎで和心に到着しました。噂通りの素敵なオーナーさんにお出迎えして頂きました。原田さんファミリーが経営されている和心はワッカム地区にあり非常に静かな地区です。付近に危ない感じもなく即座に「ここで沈没決定だな〜」と感じました。

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何が良いかと言うとまずご飯がむちゃくちゃ美味いのです。ザ・和食が食べれると言うだけでナミビアから来た甲斐があります。

初日の晩御飯のチキン南蛮。ここがアフリカであることを忘れます。

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そして、原田さん家族のオーラが良い為か、この宿でインターンをしている若い子たちのオーラも素晴らしいのです。皆、ピースでポジティブなバイブスを出していて気持ちの良い時間を共有してくれます。

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まずは”大ちゃん”こと大地くん!原田さんご夫妻の息子さん。この宿のマスコットキャラクターですね。とにかく元気で人懐っこくてハイパーです!

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ご家族で一枚。お二人ともセネガルの生地で作られたファッションアイテムご愛用でとても素敵ですね!原田さんと奥さんのちゃこさん。

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ラムちゃんとコーショウくん。ラムちゃんは和心でインターンをした後にフランスに行かれました笑顔の可愛い関西ガール。若くして世界中を渡り歩いてて羨ましいです。コーショウくんはファッションの勉強をされてて、ここセネガルで服をデザイン、制作して売り出したいとおっしゃってました。彼のファッションセンスを見て、そのレベルの高さから必ず達成できると信じております。

あと、僕が個人的に非常にお世話になったのがよっちゃんです。

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えくぼの可愛い彼女はフランス語が話せるので何かとお手伝いをして頂きました。と言うのも、僕にはここセネガルで大きなミッションがあったのです。

アフリカ大陸に着いて以来、探し続けていたのですが結局見つからなかったアフリカのビンテージレコードです。

僕は趣味でレコードを聴くのですがアフリカのレコードはカリフォルニアではほとんど見ることがありません。あってもドイツやフランスのレーベルが再発したものでオリジナルの音源じゃなかったり加工が加えられた物があるのみです。「アフリカでこそオリジナルのレコードを!」とは思っていたものの、エチオピア、ケニア、タンザニアなどで探してみましたがなかなか見つかりませんでした(首都で時間を過ごしていないので地方都市ばかりだったのですが)。よって、ここで見つからないともう無理!という事で、よっちゃんに通訳をお願いして丸2日かけてレコード探索に付き合って頂きました。

まずはダカールの繁華街マルシェ・サンダガに行って情報収集です。電気部品などを売っている地区に行ってよっちゃんが聞いて回ってます。

すると一人のガンジーみたいな見た目のおっちゃんが「何?レコードを探してるのか?売ってるやつを知ってるぞ!ついてこい!」というのでこのおっちゃんについて行きました。すると電気街の片隅の外にガラクタとガラクタレコードを売ってる店に連れて来てくれました。

この店(と言っても路上にパラソルを置いて商品を陳列してるだけ)は数十枚のレコードを持っていたのですがほとんどがアメリカのレコード(マイケルジャクソン、マライアなど)、アフリカンはほとんど無く状態もよくないので2枚だけ購入する事になりました。

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もう一度このガンジーおっちゃんにちゃんと「僕が欲しいのは昔のアフリカのレコードでアメリカのじゃない!」と説明すると今度はその横に偶然立っていたラスタな兄ちゃんが「俺の友達に持ってる奴がいるぞ!」と言い出したので今度は4人で別の店へ。

しかし、残念ながらCDしかなくあえなく沈没。すると今度はガンジーが「そーいえば別の市場にレコードを売ってる奴がいた気がする」と言い出したので次はタクシーを捕まえて僕とよっちゃんとガンジーとラスタの4人で別の市場へ!その市場に着くや否やガンジーが「待ってろ!」と言って姿を消しました。

右の二人がラスタとガンジー。タクシーに乗るところ。

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僕とよっちゃんは「大丈夫かなー?」と言って待ってる間、ラスタもウロウロとしてます。

しばらくしてガンジーが帰って来て「お店はあるんだけど今日は閉めてるらしい、でもオーナーの電話番号がわかったから電話して見る!」と言っておもむろに電話し始めました。

何やらガンジーが電話で話してから、僕らに「レコード屋のオーナーの家に行くぞ!」と言ってタクシーを止めました。このあたりで僕とよっちゃんは「胡散臭そうだなー!」と言ってましたが、ここまで来たのでもう行くしかない!という事でタクシーに乗って4人でオーナーの家に向かいます。

見た事もないロータリー付近でタクシーを降りてキョロキョロしてると、一人の男性が近づいて来ます。そしてガンジーと話し始めました。どうやら彼がレコード屋のオーナーです。オーナーに連れられて皆で彼の家に向かって歩き始めました。

そこは一軒家で中にお邪魔して、ある部屋に通されてびっくり!

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なんと、部屋中ビンテージアフリカンレコードです。

オーナーのおっさんは「どんなの探してるんだ?」と僕に聞いて来たので、僕は「あまり激しすぎない1980年代のダンス」と伝えるとおもむろにレコードをピックアップし始めました。

まさかまさかの大どんでん返しに僕はもう有頂天です。よっちゃんには悪かったですがしばらく僕とオーナーのレコード談義が始まってしまいあっという間に数時間です。

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欲しいレコードを数十枚ピックアップして「さあ、値段だ」。

とここでオーナーが「最近はフランスやドイツから買いに来る奴も多いから安くは売らんぞ!」と釘をさして来ました。

「じゃ、一枚いくらなの?」と聞くと、

オーナー「1枚$30だ。」

僕「ぬあーーーーにーー!!!一枚$30だと!!アメリカで新品買うより高いじゃねーーか!」

オーナー「じゃ諦めろ。俺のレコードは全てオリジナルの初版だから価値があるんだよ」

僕「クーーーー!足元を見やがって!!!どのレコードも砂まみれじゃねーか!!」

実際に割れてる物もあるし中から砂が出てくる物も山ほどあります。

すかさずよっちゃんに相談、そしてよっちゃんがガンジーとラスタに相談。

するとガンジーとラスタが突然怒った口調で「何だとおおおおお!!!$30だとおおお!!」

それもそのはず。昼飯が$1足らずで食べれるこの国でレコード一枚で$30なんて言うと普通の人なら当然ボッタクってると思います。

オーナー「だから、お前らは知らんだろうがこのレコードは貴重なの!!だから高いの!」

ガンジー「恥を知れーーー!外国人だからと言って無茶にも程が有る!!!」

と、気が付いたらオーナーVSガンジーの交渉になっていました。

こんな感じで交渉が約1時間程続きました。

本当は50枚以上欲しかったのですが、思った以上にオーナーが値引きしてくれず25枚ほどに絞って購入する事になりました。

交渉成立の記念にオーナー(左)をパチリ!で右が値段に納得していないガンジーとノリノリのラスタとよっちゃん。

帰りがけにもガンジーは「高すぎる。ケチすぎる。」とブツブツ言ってました。

しかし、他人の買い物の為に数時間も時間を使ってくれて、交渉までしてくれて、セネガルの優しい方々に触れれて本当によかったです。彼らにランチをご馳走してお礼を言いました。ガンジーは律儀な人で「ランチご馳走様でした。」と最後にお礼まで言ってくれました(一人$1位です)。

ちなみにガンジーの本名はルル、ラスタの本名はアバースです。

帰りにお礼によっちゃんとスイーツを食べに行ってレコード探しは終了です!

後日からは和心近くをウロウロと物色しました。

暑いせいかどこのお店もドアを開けていて中が丸見えです。なので一声かけて写真を撮りまくりです。

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職人の工場。

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同じく職人さん。

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床屋さんの看板は何故かどこも同じ。横からのイラスト。

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アフリカでホンダの”アフリカツイン”をメンテナンスしていたバイク屋さん。

僕のドリームバイクの一つです。本当にアフリカを走れるんだなー!

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ここはよっちゃんと一緒に行ったお面市場。正直不気味なところでした。

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「アフリカのお面が欲しい!」と変な一面を持つお年頃ガールよっちゃん。市場ではご満悦でした。

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そして生地屋さん。僕も嫁さんのお土産に大量の生地を購入しました。

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生地市場に行けばこの通り。

セネガルは滞在の出だしこそ痛い目に会いましたが和心のおかげでアフリカの中でも最も思い出深い滞在になりました。もっと沢山の方々に和心で出会いましたが写真を撮っていなかったので画像のある方のみ紹介させて頂きました!

和心の共同オーナーの笑顔の絶えない小林さん、フランスの大学で勉強中でトランプが滅法強いジュンペイくん、今時な日本の若者スタイルを教えてくれたヒデキくん、みんな素敵な方々です。改めてありがとう!

 

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Namibia #2 ナミビアNo.2

エトーシャナショナルパークを後にした我々はOpuwoの街を目指しました。

公園内のドライブを含めてOpuwoの街までの所要時間は約7時間でした。皆ぐったりして車内はイビキのオーケストラです。私はただひたすら綺麗で真っ直ぐな道をひた走ります。

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Opuwoの街に入ってすぐにツーリストインフォメーションセンターらしき建物があります。

ここに車を止めて「フーー!長かったー!」と背伸びをしていたら、目覚めて外に出てきた3人様。すると突然キーラが「タカ!私の寝袋が無いじゃない!!」と僕に怒鳴りました。

今朝、キャンプ場を出るときに僕は自分の荷物は自分で車の上に縛ったのですが、残りの荷物は同乗していたアスワン(イスラエル人)が縛っていたのです。どうやらアスワンの縛った荷物が解けて途中で飛んで行ったらしいのですが後の祭り。キーラには申し訳ないのですが”寝袋を拾った人は喜んでるだろーなー”なんて不謹慎なことを思ってしまいました。今、ナミビアは冬ですので!

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この街の民族に会うのは僕の中でこの旅のハイライトだったので色々と予習しておきました。この街の近郊にはZemba(ワゼンバ) Herero(ヘレロ) Himba(ヒンバ)という三つの部族が暮らしています。そしてどうやら地元のスーパーOKというスーパーマーケットの前に居るリンダというおばちゃんが最強のツアーガイドということ。そして値段の相場など、、。

もちろんインフォメーションセンターにはそんな情報はありません。そして、観光客向けのツアーの広告が置いてあります。その値段を見るや否や皆一斉に「高い!こんな値段は払いたくない!」の大合唱です。そりゃそうですよ。僕の事前の情報の10倍近い値段が書いてありますので。僕は3人を諭すように「大丈夫だよ!いいガイド知ってるから!」と言ったのですが全く信用してません。そこで論より証拠ということでスーパーOKに向かいました。

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この街で一番大きなお店、スーパーOKはこの街の近くに住んでいる民族が皆、買い物に来る場所です。その民族の多様性ときたら、まるでスターウォーズで惑星タトゥーインの酒場に来たような雰囲気です。

スーパーOKの前で「リンダ知らない?」と聞くや否や「あんたガイドのリンダ探してるの?あの人がリンダのお姉さんのエリザベスよ!」すぐさま有力情報をゲット!

スーパーの目の前でお土産物を売ってるエリザベスさんを発見!彼女いわく「リンダはさっきまでいたけど、しばらく帰ってこないわ。あんたのこと伝えとくわ」と。

僕は「どうやって伝えるんや?電話もメールもないし、まだ今晩泊まる宿も決まってないのに。」と思いつつ「ま、後でまた帰ってくるか。」とその場を後にして宿探しに向かいました。

ここでまたまたキーラが「疲れた」、「早く宿決めて」、「ブーブーブー」と言ってきましたのでとりあえず良さげな宿にチェックインして会議を設けることにしました。

会議と言っても私が一言「ここで君達との旅は終わり。僕は一人の旅に戻る」と。

海外生活の長い私は彼らの性格をある程度予想してましたので暫く考えて、皆「オッケー」で終わりです。

私の私見ですが白人の方(特に一人旅してる人は自我が強い)はメンツを気にしますので親友でもないアジア人に対して「ごめんよ、仲直りしよう」なんて絶対に言わない!と読んでましたのが大当たり!これで僕のストレスは一気に解消です!!

と、そこにリンダ登場!!(右は娘さんで地元の小学校の先生)

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ふら〜っと近づいて来て、「あんたがタカかい?」

僕「なんでここが分かったの?」

り「この街にバックパッカーが泊まる宿は3軒しかないよ!でも一発目で当たったよ!」

僕「凄いなー!でなんで僕がタカだと?」

り「背の高い、長髪の日本人って聞いたから。」

僕「ああ、、。」

この街だったらそれだけ情報があったら僕だとわかるようです。つまり僕はここでは浮いてるんですね。

早速リンダに状況を説明。本来4人で民族ツアーに行きたかったが僕一人になったこと、明日の朝から行きたいことなど。

リンダは快くオッケーしてくれました。翌朝スーパーOKで待ち合わせです。

今晩は宿でゆっくりと、、、と思っていたらここで素晴らしい出会いが。

同じ宿に日本人の旅人グループ(5人)が宿泊してるのです。その楽しそうな幸せそうなエナジーに誘われて一緒に晩御飯を頂くことになりました。

瞬くん、心星くん、けいすけくん、なつみちゃん、熊五郎くん(本名をメモってませんでした)の5人です。下記、インスタとwebサイトです。

瞬くん @matatabi_shun  matatabi-blog.com/

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心星くん @yamakoeru と なつみちゃん。

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けいすけくん @kappakappa1988

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熊五郎くん

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心星くんと熊五郎くんはコンビで芸人活動中ということもあり笑いの絶えないグループです。

瞬くんはいつも笑顔の茶髪好青年。けいすけくんは物静かで料理が上手な関西人。なつみちゃんはこのグループをまとめるお姉さん的な存在。心星くんはツッコミ屋さんで熊五郎くんはイスラム教徒のような髭のボケ担当。ちなみに熊五郎くんはこの旅で童貞を捨てたらしいです(相手は女性ではなかったとの事。凄い内容なので割愛します)。

聞くと、旅の途中で知り合って所々で一緒に旅をしているとの事です。基本は皆さん別々で旅をしていると。それぞれが1年、2年と長期の旅をしている筋金入りのバックパッカーでした。

日本人の暖かい心と美味い鍋でナミビアの夜に乾杯しました。この日の夜は忘れられない思い出になりました。皆、ありがとう。

翌朝、僕は日本人5人を見送って、旅のメンバー3人とお別れをしてそして一人旅に戻って、晴れた気持ちでスーパーOKに向かいました。

リンダはもう待ってました。

「よし、じゃあそれぞれの村にお土産を買っていくよ!」と言ってショッピングを開始です。

 

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(一生シャワーを浴びない事で有名なHimba族の女性がNIVEAとにらめっこ)

お土産の内容は砂糖、キャンディー、小麦粉など、食品が中心になります。今回は3箇所の村を訪れますので3バック準備しました。基本リンダが選びます。そしてリンダのお菓子もシレーっと購入です。抜け目ないおばちゃんです。

村への距離は遠くないのですが道がかなり複雑です。というのも、村に行く正確な道などないのです。

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車で走っていたらリンダが「その木を右折!!」と指示して来ます。途中、2回ほど道を間違えました。たまに車から降りて景色を眺めて戻って来て「通り過ぎてた!」と。

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リンダは英語が達者でおしゃべりなのでとにかく楽しいです。そうこうしてたら最初の村、Zemba族の村に到着です。

この民族の女性は前髪に特徴があります。まるでお団子のように固めています。

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早速、近くで動物の臓物を料理していた男性が僕にご馳走してくれました。

 

何の臓物かはわかりませんでしたがお肉本来の味を楽しむスタイルですね。

この村の建物は壁を牛の糞と泥を混ぜて作ってあるとの事です。中に入るとひんやりして気持ちいいです。というのも牛の糞は日光の熱を溜めないのでコンクリートと違って建物の内部が暑くなりにくいという特徴があるとの事です。生活の知恵ですね。

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せっかくなので家族で集合写真。

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そして、やっぱり元気な子供達。

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次はHerero族の村です!砂漠の貴婦人ヘレロの異名を持つ方々ですね。その特徴的な帽子がトレードマークです。

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素敵なファッションです。

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ここでサプライズ!リンダの幼馴染がHerero族なので家に入れてくれると!ガイドの力量は重要です。

 

二度びっくりです。冷蔵庫に電子レンジ、テレビに洗濯機と。近代的な家電に囲まれているではないですか!

ここでリンダに聞いてみました。すると

「Herero族は一番最初に西洋の教育を取り入れたので他の部族に比べて近代的な生活を送っている」

「近年、ナミビアでも雨が降らなくなって来ていて、Zemba族やHimba族もどんどん街に近いところに引っ越して来ていて教育を取り入れて来ている」

「教育を取り入れるのは素晴らしいが文化が衰退して行くのは寂しい気がする」と色々な心のうちを明かしてくれた。

リンダによるナミビア民族学の講義を聴きながらHimba族の村へと向かいました。

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奥様方が昼下がりの会議に夢中です。

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こちらは独身の女性。笑顔がチャーミングですね!

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そしてこちらが奥様。違い分かりますか?

そうです、頭の上の飾りが違います。女性は結婚するとこのうさぎの耳のような飾りをつけるのです。

私が村に来るやいなや皆、大急ぎでお土産屋のセットに取り掛かります。それを見てリンダが「一人だからそんなに買わないわよー!」的なことを地元の言葉で笑いながら言ってます。

リンダのおかげあってこれまで一度も写真を断られません。エチオピアでは写真を取る毎に「マネーマネー」と言われていたのですが、リンダがいつも「写真もっと撮りなさいよ!」と言ってくれて、それでいてナミビアでは皆、快く撮らせてくれます。

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せっかく僕の為にマーケットを開いてくれたのでショッピングすることに。

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こちらの女の子からカバの彫り物を。

僕がビンボーバックパッカーと分かってくれたらしく皆さんすぐに井戸端会議モードになりました。

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それにしてもこの髪型は美しいですよね。

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村の中をお散歩していたら女性が牛の乳搾りを見せてくれました。

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とにかく子供達は元気。そして僕に付いてくる。

子供達に絡まれて「何か書け書け!!」と言って来るので、、村の入り口に。

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そしてその横で決めポーズという不思議な世界観の写真です。

手前の子に至っては木をかじってます。平和な村です。

村を後にしてリンダと車で走っていたらHimba族の列が見えて来ました。リンダに何事か尋ねると「月に一度の政府から補助金が支給される日だから並んでるのよ」

ここでもリンダパワーで写真を撮らせてくれました。

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この綺麗な女性と何やらリンダが会話してまして、で、突然リンダが腹を抱えて大爆笑!!!

僕が「何、何?どうしたの?」

リンダ「この右の女性が「この日本人の男性は牛を何頭持っているの?」って聞いて来たのよ〜!」

僕「なんでそれが面白いの?」

リンダ「女性が男性に牛の数を聞くということはその男の財産を聞いてる訳、つまり牛の数によってはあなたと結婚してもいいって事よ〜!」

僕「でも、その女性既婚者じゃない?」

リンダ「第二夫人としてもオッケーよー!ここは一夫多妻が普通よ〜!」「どうする?」

僕「残念ながら牛は持っていません」

リンダ「アーハハハハハ!!!」

という珍事件が発生、綺麗な方々なのでもう一枚。

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笑いそのまま出発地のスーパーOKへと向かいました。

途中、リンダの孫が学校への提出書類を忘れたとの事で地元の小学校に立ち寄り家族写真。小学校見学も突然ツアーに加わる事態。

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そして、無事に民族ツアーが終了。リンダにお礼を言って「他の日本人にも私を勧めときなさいよー!」と言われて笑顔で返事。ツアーが終わり大満足の中スーパーOKで今後の食料の調達をしていると、突然後ろから「タカー!!」と、

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そこにはHimba族の女性が。どうやら先ほど村を訪ねた際にお会いした女性です。しかもあの短時間の滞在で僕の名前を覚えてくれていたんです。

この出来事に僕はすっかり気分を良くして、彼女たちにプレゼントをする事にしました。

というのも、今後僕はこのナミビアの旅でキャンプをする予定がなくなりました(3人と別れたので宿に泊まることに決めた)ので寝袋と毛布が必要なくなってしまったのです。どちらも使用したのは一回きり、しかも購入時の袋に綺麗に納めてましたのでギフトにはもってこいです。そこで、

僕「ちょっと駐車場まで付いて来てよ!渡したいものがあるから」

彼女達「いいわよー!何かいいものクレるの〜?」

車についてトランクを開けて寝袋と毛布を取り出して

僕「はい、これ、あげる」

彼女達「・・・・・」

僕「・・・・・」

彼女達「・・・・・ギヤーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

「本当に?本当に?本当に?」「これってN$500くらいするわよ!!!」

ここで彼女が言った値段はズバリ正解の僕が払った金額。そこで

僕「その代わり写真撮らせてくれる?」

彼女達「メニーメニーピクチャーオッケーーーー❤️」

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とりあえず毛布と寝袋を横に置いての撮影でしたが、サプライズギフトで笑みが止まりません。

終いには嬉しさあまり涙ぐんでしまいました。(ちなみに左の女性が上の既婚女性の例の写真の彼女です)

こんなに喜んでくれて、僕のOpuwoの街の最終日を笑顔で終わらせてくれた彼女達に感謝です。

さらに気分を良くした僕はこの街で一番高いレストランでTボーンステーキを食べて次の目的地へと向かいました。味ですか?想像にお任せします。

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ありがとうZemba,Herero,Himba そしてリンダ。

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Namibia #1 ナミビア No.1

ザンビアのリビングストンを後にして、予定通り長距離バスでナミビアの首都ウインドホークへと向かうことになりました。(ジンバブエはほぼ素通りしてしまいました。)

この移動の長距離バスが悪名高いことで有名です。16時間という長い移動に加えて初めの3時間くらいはもう揺れまくりで大変です。まるでモトクロスのコースでも走ってるのかっていう程揺れます。その揺れに加えて隣に座っていた巨漢のオバハンが魚の丸揚げを鷲掴みで食べ始めたので、その油の匂いも加わり危うく吐きそうになりました。

無事にウインドホークに着いてからすぐにレンタカーの手配をして翌日からナミビアのロードトリップに行ける様、準備を整えました。

というのも、ナミビアの旅ではテント泊が必須ですので寝袋、毛布、テント、クッキング用品等の準備が必要になって来ます。とりあえず準備をしていなかった我々はほとんど全ての物をウインドホークにあるチャイナタウンで済ませました。

今は6月ですが南半球にあるナミビアでは秋になりますのでテント泊の夜はかなり冷え込みます。よって毛布は必須です。私は最高級の毛布をチャイナタウンで購入したおかげで後に気持ちよく睡眠ができました。

と言うことで早速出発です。

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ナミビアの道は大変綺麗です。交通量も少なく、楽にロードトリップができます。道の途中、写真の様な屋根付きの休憩スポットがあるので昼食タイムです。

ガールズは頻繁に休憩が必要な様でして、なかなか思い通りに旅路が進みません。もちろん運転は私のみです。というのも複数運転者がいるとレンタカーの保険料が高くなってしまいます。(本当は彼女達に運転を任せるのはちょっと不安なので、、。)

予定では3人の旅だったのですが「もう一人乗れるから」とキーラが言い出して旅の仲間を集めて、気が付いたら4人になってました(しかももう一人は大柄のイスラエル人男性)。よって僕が予約した小型の4WDではご覧の通り荷物が乗り切らず車の屋根に縛り付ける始末です。トホホ、、、。

まず我々が目指したのがエトーシャナショナルパークです。自分の車で自由にサファリができるこの公園には様々な動物が生息しています。

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この公園の入り口の手前にいた木彫りの鳥を作って売っているお兄さん達です。あまりに素敵だったので一つ購入させていただきました。

公園のゲートが開いてるのは日の出から日没までです。それから公園のキャンプサイトは人気が高いので予約は必須です。我々は予約していなかったのでキャンセル待ちでどうにかステイできる様になってラッキーでしたが予約しているに越した事はありませんよね。

この国立公園は非常に整備されていて自然の動物にストレスを与えない様に観察できる設備が設けられてます。キャンプサイトの近くには動物の為の水飲み場があって夜な夜な色々な動物が水場へと訪れて来ます。

テントをはって寝床を準備したら早速動物観察に出発です。

まず水場にやって来たのはキリンの親子です。

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その後はゾウ。

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でもってサイ!

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次々と動物が水を飲みに来ます。

こんな素敵な光景を間近で見ることができてもう最高です。私は動物の写真はあまり撮った事がないので下手ですいません。

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キャンプサイトでの星空です。三脚がないので直置きでとりました。アフリカの星空は広大です。

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翌朝の日の出。キャンプサイトにて。

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公園内の運転はにが昇っている間のみ認められています。夜間は動物が活発になるので事故が多発する為に公園内の運転は禁止されているとのことでした。みなさん朝早くからサファリの準備をしています。我々も朝食を済ませて出発です。

キャンプサイトを後にしてすぐにインパラの群が横断です。もちろん動物優先です。

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次はキリンが横断です。

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気を遣ってくれたのか急ぎ足で横断して行ってくれました。

ふと横を見ると、

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すぐそこに居るのに全然気が付きませんでした。

また暫く走るとゼブラさん一家。

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続いて、ホロホロ鳥の一族。

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他にも沢山の動物を見ることができました。シカ類(オリックス、ワイルドビーストなど)は山程見る事ができましたが残念ながらライオンなどの猛獣には出会えませんでした。見れた方はラッキーですね!僕は大満足でした!

途中、キーラが「運転させて!」というのでちょっとだけ交代してさせたところ、そのワイルドさに皆、酔い始めたのですぐに私に交代しました。

次は少数民族の村に向かいます!

Tanzania to Zambia タンザニアからザンビア

ザンジバル島でゆったりと過ごした後、重い腰を上げて自分に鞭を打つことにしました。

ザンジバル島からフェリーで本土の町、ダールエスサラームへと向かいました。キリマンジャロという名の高速船でしたが揺れが激しく、30分足らずの航海でしたがゲロ酔いしてしまいました。

ダールエスサラームに来た目的は、これから向かうザンビアへと行く電車に乗る為です。TAZARA鉄道という名の(タンザニアのTAとザンビアのZAとレイルウェイのRA)寝台列車で3日間かけてザンビアのニューカプリムポシに向かいます。

チケットを無事にゲットできました。火曜日と金曜日の週に2本しか走っていない列車です。

 

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あとは列車に乗る日までゆっくりとダールエスサラームの街を観光です。

レストランの裏でなにやら仕込んでいる親子。芋の様なものを鍋で煮込んでました。

 

こちらはアフリカンな生地屋さんが軒を連ねてます。なんともカラフルで美しい模様で彩られた通りです。

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皆さん服は自前で作ってる方が多いらしく色とりどりの生地が売られてます。

そしてこの街にはインド系の移民が多く、美味しいカレー屋が数多くあります。

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そんなこんなでダールエスサラームでの楽しい滞在時間はアッと言う間に終わりTAZARA鉄道で移動の日となりました。

写真はダールエスサラーム駅です。

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電車の到着と同時に乗客が雪崩れ込みます。大きな荷物を持った乗客ばかりです。皆さんこれから3日間の旅仕度がバッチリといった感じで大きな水のボトルやパンを抱えています。

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私の席は4人一部屋のベッドルームです。生まれて初めての寝台列車に緊張です。

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左から部屋の外の廊下、食堂車のキッチンそしてトイレです。

 

列車はゆっくりと発車しました。これから長い長い旅路の始まりです。

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数時間もすると暇になり同乗していた子供達を相手に撮影会の開始です。

こんなことをかれこれ1時間以上してました。なぜか「後頭部を撮れ!」と言われたので希望通りにしました。(子供以外も含めてます)

お腹が空いたら食堂車に移動して、ゆっくりと進む景色を見ながら食事です。

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たまに、途中の駅に停車しますので新鮮なフルーツが買えるチャンスです。1$足らずでこの量のバナナが買えます。そして信じられないほどジューシーなバナナです。アフリカに来て感じた事の一つですが、フルーツの種類は決して多くないのですがその一つ一つの味の濃厚さとジューシーさは今まで食べた事の無いものばかりでした。

特にパパイヤは特筆もので、今まで僕が食べてたアレは何だったんだと思わせるほどです。

右のメロンの様な果物がアフリカのパパイヤです。その甘さと言ったらもう、、、。

 

果物で十分にビタミンを摂って、あとは寝るだけです。

時折止まった時に窓の外を見ると必ず子供の笑顔をもらえます。

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途中の駅で。

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その横で子供達のこの笑顔。

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所々でもらえる子供達の笑顔のおかげあってか気が付いたら3日目となり、ニューカプリムポシの駅に到着です。

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途中、タンザニアとザンビアの国境の駅でパスポートのチェックがありましたが流石に警備もあり写真は撮りませんでした。イミグレーションのお姉さんはナイスな人で「あなたいい人だからビザの滞在日数をMAXであげるわ!」と言ってくれました。

ちなみに僕と同室にいた地元の方(2名)は恐らく無賃乗車だったらしく車掌に見つからない様に車内を走り回ってました。

さあ、これからはザンビアだ。

Zanzibar Tanzania #1 タンザニア ザンジバル島 No.1

旅の途中にも多くの方からオススメ頂いた場所、タンザニアのザンジバル島。

ケニアのナイロビで思いの外、体力と気力を失った僕が自分のライフをチャージすべく次の目的地に決めたのは皆さんオススメのザンジバル島になりました。

ナイロビからの飛行機は直行便で2時間弱。しかし、毎度の事ですがアフリカで時間通りに物事が進むことはありません。

エチオピアで書き忘れましたが、ある日、アルバミンチの空港にチケットを買いに向かったとところ、空港で「今、インターネットが繋がってないからまた来てくれ」と言われて、しょうがなく翌日にカムバックしたところ「今日もだめ」と言われてしまい、仕方なくホテルのレセプションのお兄さんの携帯から首都のオフィスに電話で予約をしてもらいました。

その数時間後、彼の電話に「フライトスケジュール変更」のメールがきて、もう振り回されっぱなしです。挙げ句の果てにはフライトの当日も空港にネットは無く、ボーディングパスを手書きで作る始末。そして乗った飛行機のキャビンアテンダントは仕事放棄して爆睡。

 

そんな経験から少々時間が狂うのは計算内です。しかし、空港のゲートで待てど暮らせど何も起こりません。しかもそこにいるのは僕以外に三人のインド人のマダムと一人のインドネシア人のお姉さんだけ。一応、確認の為に彼女たちに「ザンジバルにいくの?」と確認しておいたのでここにいる僕を含めた五人の結束は硬い。

出発予定時刻を4時間くらい過ぎた時に一人の空港職員が現れました。

「私に付いて来てください。」

と言って我々をエスコートし始めました。我々はそそくさと彼女に付いて行きながら「こんなに待たせといてソーリーの一言もないのはさすがアフリカよねー!」などと悪口をいいながら彼女の後をしばらく付いて行きました。

気がついたら外の出て、飛行機の停車場内を歩いてます。

「まーだーーー??」という心の声を発しながらついに職員が、

「こちらの飛行機にご搭乗ください。」

と、そこにあったのは紛れもなく小型のプライベートジェット!!!

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このファンシーな飛行機に乗れると分かったマダム達はすぐさま写真撮影会を開始!!

もう搭乗口の階段でポーズしてパチリ!ドアでポーズしてパチリ!中のシートを見て感動してパチリ!

キャビンアテンダントも少々苦笑いをしながらも各自シートにつきました。機内は10席ほどの小さい空間ですがそれぞれのシートのサイズはまるでマッサージチェアで、どれだけ足を伸ばしても前の席までまだ余裕がある様な状態でした。恐らく、五人の為に大型機を飛ばすのはコスト的に大赤字なので小型機に切り替えたのでしょうが僕も内心ウハウハでした。

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そこには4時間遅れを気にしている人は皆無でした。アッという間の楽しいフライトは終わり、ザンジバル島に到着です。

島に到着して、まずは宿のチェックインです。島のダウンタウンに当たるストーンタウンで宿を取っておいたのでそこに荷物を起き、溜まった洗濯物をお願いしてイザ、お散歩。

街は夏前のシーズンオフとのことでかなり閑散とした昼下がり。公園で寝ている人もかなり多く見受けられます。海の前の公園でボーーっとタコを叩いて柔らかくしているおっさんを見てたらあっという間に日没です。日が落ちてからこの島の人々は動き始めます。

 

私がくつろいでいたフロダニ公園は観光客のメッカですなので日没と共に屋台がドンドンオープンして行きます。しかも今はラマダンなのでお日様の明るいうちはイスラム教徒は断食してます。その為、ほとんどのレストランはお昼は閉めてます(全部と言っても過言ではないです)。食べ物に餓えた観光客が一気にこのナイトマーケットに群がる訳です。

その熱気たるや、まるで筥崎宮の放生夜です(ローカルネタです)。

 

ザンジバルピザなる物を食べて見ましたが、まあお祭り屋台クオリティーですね。やはりどこに行っても共通の事ですが、観光客が多いところで美味いものは見つからないですね。

という訳でそそくさと宿に帰り、翌日の情報収集に備えてすぐに就寝しました。

やはり地元の情報、これにつきます。

 

Ethiopia #4 エチオピアNo.4

エチオピア民族の旅で最も人気なのが皆さんご存知のお皿を下唇にはめたムルシ族。

彼らの村は私が宿泊していた村から比較的近くにあったので、滞在日を後半にしていました。

私が滞在しているのは5月ですのでエチオピアではまだ小雨季の終わりということもあり小雨が降る日もありました。

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ムルシ族に会いに行くには条件があります。国から指定されたガイド(ライフルを所持している)を同行させることです。あと、必ず午前中に村を訪れることです。というのもムルシ族の男性は昼から酒を飲み始めて非常に気性が荒くなる為に、過去何度かトラブルがあった為とのことです。

 

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村に入る前にライフルを所持したガイドが溜まってますのでここで一人ゲット。小雨の中、木陰にいたのでまるで忍者の様でした。

 

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そして、ムルシ族の村に到着。藁で作られた簡素な家です。中で調理中らしく屋根から煙が立ち込めてます。残念ながら雨でも犬は家には入れてもらえてません。

家のサイズは非常に小さく、入り口の外からでも中で寝ている人の足が丸見えな状態です。

 

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私が村をウロチョロしてると木陰からムルシの女性が「ニョー」っと現れてびっくり。

でも快く写真に応じてくれました。すると次から次に「何だ、何だ!」てな具合に家から出てきました。

頭飾りは恐らく、来客時のサービスの様(写真映えするから)ですが唇の習慣は本物です。

 

 

 

 

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とりわけこの女性の体の文様は目を見張るものがありました。血豆を作る要領で模様を記して行くそうです。想像を絶します。

多くの方がご存知の様にこの唇の習慣には悲しい過去があります。そのせいあってかムルシ族の村ではあまり多くの笑顔には出会えませんでした。単純に朝早く行きすぎて子供達が起きていなかっただけかもしれません。

 

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帰りの車内からの景色。